
目次
前回の記事では特定技能制度の基礎知識をお伝えしました。
しかし、実際の採用現場では制度を理解するだけでは解決できない課題が山積しています。言語の壁や文化的ギャップ、ビザ管理のリスク、安全教育の方法など現場で直面する具体的な問題への対処が必要です。
本記事では、外国人ドライバーの採用に成功した企業の実例を基に、制度活用から定着まで一貫した実践的なノウハウを詳しく解説します。
物流業界が直面する「構造的な人手不足」の正体
物流業界の人手不足がなぜこれほど深刻になっているのか、その構造的な要因を3つの観点から分析してみましょう。
50代で“若手”の深刻な高齢化
物流業界ではドライバーの高齢化が深刻です。ある運送会社では「うちでは50代が若手扱いです」と冗談交じりに語られるほど。現場の年齢層の高さがこの一言から伺えます。
内閣府の調査によると、トラックドライバーの平均年齢は全産業平均よりも明らかに高く、若年層の新規参入は年々減少しています。
長時間労働や体力的負担の大きさ、「3K(きつい・汚い・危険)」のイメージが根強く、他業種との人材獲得競争で不利な立場にあるのが実情です。
コロナ以降に加速した需給ギャップと置き配の課題
新型コロナウイルスの影響により、ネット通販をはじめとする配送需要は爆発的に増加しました。
しかし、ドライバーの数は増えるどころか減少傾向にあり、処理能力が追いついていない状況です。
さらに、コロナ禍で普及した“置き配”などの非接触配達によって配送効率は上がったといわれるものの、盗難や誤配といった置き配特有の課題も見られます。
ある配送センター関係者は「置き配が増えたことでクレーム対応も増えた」と言います。
2024年問題で”運べない”リスク拡大
2024年4月から施行された時間外労働の上限規制、いわゆる「2024年問題」が、ドライバー不足に拍車をかけました。
物流業界では長時間労働を前提にビジネスモデルが成り立っていました。しかし、時間外労働の上限規制が始まったことでビジネスモデルが大きく揺らいでいます。
国土交通省では、現状のままでは全国で約35%の荷物が運べなくなると試算。企業間の納期遅延や契約トラブルのリスクが高まり、業界全体にとって無視できない問題となっています。
外国人ドライバー採用に必要な2つの在留資格と制度の進化

物流業界の深刻な人手不足解消のために注目されているのが、外国人ドライバー。その採用に利用できる在留資格は複数ありますが、主要なものは以下の3つです。
特定技能1号
2024年3月、自動車運送業が新たに特定技能1号の対象分野として追加された在留資格です。一定の日本語能力と技能評価試験に合格した外国人が、最長5年間、日本国内でトラックやバス・タクシーのドライバーとして働くことが可能になりました。
特定技能制度は、特に人手不足が深刻な業界への対応策として創設されたもので、国としても物流業界の危機感を深刻に捉えている証といえます。
本記事執筆時点では制度開始から間がなく、まだ事例は少ないものの、今後は物流業界の採用の主軸となっていくかもしれません。
身分系在留資格
外国人の中でも、永住者・定住者・日本人の配偶者といった「身分系在留資格」を持つ人は、特別な制限なく日本国内で就労できます。
ビザの種類や職種制限をあまり気にせずに済むので、外国人ドライバーの採用を始めたばかりの企業にとって最もハードルが低く感じられるのが、この身分系在留資格の人ではないでしょうか。
すでに生活基盤を日本に持っていて、日本語でのコミュニケーションや生活習慣に慣れている人も多いため、即戦力としての活躍が期待できます。
技人国ビザ
「技術・人文知識・国際業務ビザ」(いわゆる技人国ビザ)は、専門性の高い職に就く外国人のための在留資格です。一般的には、公務員や税理士、弁護士などの職種が該当します。
物流業界では、ドライバー職のような現場作業はこのビザの対象外ですが、適用可能になる職種もあります。
たとえば、物流データ分析や品質管理を担当するSCMアナリストと呼ばれるサプライチェーンマネジメントの専門家、海外との輸出入業務を担当する国際物流コーディネーターなどです。
ただし、技人国ビザの場合は、ビザ申請時に認められた業務内容や職種とは異なる業務に従事していると、不法就労やビザ取り消しのリスクがあります。
ある物流会社では、「物流データアナリスト」として採用したフィリピン人社員に、繁忙期の倉庫作業のヘルプに入ってもらったことがありました。すると、ビザ更新の際に内容の不一致が指摘され、更新が一時保留になってしまったのです。
最終的には「現場視察を兼ねた分析の一環」として倉庫に入ることがあると説明し、無事更新に至ったといいます。
こうしたリスクを避けるためには、定期的に業務内容を確認し記録を残しておくことです。また、周りの日本人従業員や管理職に、違反リスクについての教育を徹底しておくことも大切です。
免許の手続きと注意点
外国人が日本で物流ドライバーとして働くには、当たり前ですが、日本で有効な中型または大型の運転免許を持っていなければなりません。また、日常業務を行うための教育体制も整えておくと安心です。
免許切替の手順
母国で運転免許を持っている外国人が日本で運転するには、免許の切り替え手続き(いわゆる「外国免許切替」)を行わなければなりません。この手続きには以下の審査や試験が行われます。
・書類審査(母国免許証・翻訳・在留カードなど)
・適性検査(視力等)
・試験(交通法規の筆記および実技)
国によっては実技試験が免除される場合もありますが、初めて取得する際には教習所での実技訓練が必要になることも。費用面や言語の壁を考慮し、企業が費用を一部補助したり、行政の外国人支援制度を活用したりするケースも増えています。
安全やマナー教育
運転技術や免許の有無だけでなく、日本特有の交通ルールや安全意識を理解してもらうための教育も欠かせません。
また、荷物の扱い方や納品先でのマナー・緊急時の対応方法など総合的な教育プログラムを用意することで、現場での安心感とドライバー本人の自信につながります。
外国人ドライバー採用の課題と対策
外国人ドライバーの採用は人手不足の解消に有効ですが、現場ではさまざまな課題も指摘されています。ここでは、採用後によく見られる3つの主な課題と対策をご紹介します。
日本語コミュニケーションの難しさ
日本語での指示や報告、日常的な会話がスムーズにできない場合、誤配や事故、トラブルのリスクが高まります。
実際に大阪のある運送会社では、外国人ドライバーが配送先で顧客とのコミュニケーションが取れず、渡すはずの荷物を持ち帰ってしまったという事例があったそうです。
対策としては、外国人ドライバーに日本語学習支援を行うだけでなく、わかりやすいやさしい日本語や母語を使用したマニュアル、翻訳アプリやAI翻訳ツールの導入などがあります。
日本の交通ルール・業務慣習への理解不足
日本の交通法規や業務手順はもちろん、安全意識・整理整頓・報連相(報告・連絡・相談)などの日本特有の業務文化に不慣れなことで、思わぬ事故やトラブルにつながるケースもあります。
現場でのOJTやロールプレイなどは有効な教育の方法です。また、イラストやピクトグラム、動画を活用した視覚的な教材を用いるのもいいでしょう。
採用時だけでなく、入社後も定期的な研修を行い、少しずつ日本のルールや慣習を理解し覚えていってもらうこともポイントです。
生活支援や職場の受け入れ体制の未整備
せっかく採用した外国人ドライバーが、離職率が高く定着しないという課題もよく聞かれます。
言語や文化の違いによる孤立感、生活面の不安などがその一因。さらに、気軽に質問したり相談したりできる相手や窓口の不在も要因の一つです。
対策としては、生活サポートや多言語対応の相談窓口の設置があります。
それに加えて、受け入れる側の日本人従業員に対しても異文化理解のための社内研修を行うことで、外国人ドライバーが「安心して働ける職場環境」を整えることができます。
外国人ドライバー活用が進む理由
課題が多い一方で、外国人ドライバーの採用が進む背景には明確なメリットがあります。
外国人ドライバーがもたらす組織の柔軟性
外国人材の存在は単に労働力を補うというだけにとどまりません。
グローバル化が進む昨今では、外国人材の活用は、企業の成長や戦略にも大きな役割を果たします。海外取引や外国人顧客への対応がスムーズになり、組織全体の柔軟性が向上するといったメリットもあるのです。
たとえば、ある国際物流企業では、複数の国の外国人スタッフを採用して多様な言語や文化の国への対応が可能になったそうです。顧客対応の幅を広げて受注件数が増加するという成果につながったといいます。
このように、グローバル展開を視野に入れる企業にとって、外国人採用は大きな武器になるでしょう。
直接・間接的な業務効率の改善
高齢化が進む物流業界では、外国人ドライバーはITや新しいシステムへの適応力が高い傾向があり、デジタル化の推進役になるケースが見られます。
また、会社として外国人ドライバーの採用を進める中で業務マニュアルやフローが見直され、標準化や効率化が進むというのも実は大きなメリットです。
優秀な人材の確保
一般的には外国人ドライバーは日本人ドライバーに比べて事故率が高いといわれていますが、適性を見極めることで優秀な外国人ドライバーを採用できたというケースもあります。
ある地方の運送会社では、ベトナム人ドライバーを4名採用し、全員が無事故・無違反での業務を継続中とのこと。社長は「日本人ドライバーよりも丁寧な運転をしてくれる」と、自社の外国人ドライバーたちに信頼を寄せています。
「日本人だから」「外国人だから」というレッテルをなくせば、優秀な人材を確保するチャンスが広がったといえるのではないでしょうか。
成功する企業に共通する「受け入れ体制」3つの工夫

外国人ドライバーの採用を成功させるには、受け入れ体制の整備が不可欠です。成功企業に共通する3つの工夫を紹介します。
日本語教育とバディ制度の導入
外国人スタッフの日本語習得を支援するため、地域の日本語教室やオンライン講座と連携する企業も増えています。
また、日本人社員と外国人社員をペアにしたバディ制度やメンター制度の導入も効果的。現場での疑問や不安をその場で解消できるだけでなく、社員同士の信頼関係を強くします。
地域や季節特有の要因(雪道など)への対応
地方では、雪道や山道など特殊な環境での運転が求められることがあります。
北海道のある企業では、外国人ドライバー向けに冬季限定の運転研修を実施しているそうです。滑りやすい路面でのスピードや車間距離の維持、チェーンの着脱など、現地の気候に即した安全教育が行われ、事故リスクを大幅に減らすことに成功しているといいます。
地域や季節など特殊な環境や要因に対する教育も、地域に根差した地元の企業・地元のドライバーとして信頼され、活躍するためには大切なポイントになるでしょう。
キャリアパスの提示と”仲間として迎える”意識
外国人ドライバーを「単なる労働力」としてではなく、日本人と同様に社員の一員として迎え入れる意識が、定着率を確実にアップさせます。
キャリア形成を支援し、日本語検定取得の報奨制度やリーダー職への昇格、管理業務へのステップアップなどを導入することで、長期的なモチベーションの維持にもつながるでしょう。
また、日常の接し方にも、大切な社員の一人として迎えているかどうかの意識が表れます。「○○さん」と名前で呼び、社内イベントに積極的に参加してもらうなどのコミュニケーションを図ることで社内の一体感が生まれやすくなります。
企業側の意識変革と未来への戦略も
外国人ドライバーの活用を成功させるには、制度の理解だけでなく、企業側の意識変革も欠かせません。
制度が整ってからではなく、できる工夫から
外国人材の雇用に対して「制度が複雑そう」「対応が難しい」と感じる企業も少なくありません。
しかし、何も行動しなければ人手不足の解消は進みません。実際に成果を上げている企業の多くは「まずは1名だけ」や「部分的に」、とにかく一歩を踏み出し、試行錯誤を通じてノウハウを蓄積しています。
制度を熟知してからではなく、できる範囲から行動を起こす姿勢こそが、長期的な人材確保のためには大切なことです。
長く働いて会社の未来を担う存在に
かつては単純労働を担う外国人材の多くが技能実習制度に頼っていましたが、近年は特定技能1号への移行が進んでいます。
国際貢献などが目的の技能実習制度は、母国に日本の技術を持ち帰ってもらうことが前提で、受け入れ企業で長く働いてもらうという制度ではありませんでした。
その点、特定技能制度は一定条件を満たせば永住権取得も視野に入る制度です。定住・永住を視野に生活面の支援や長期雇用を前提とした育成体制が求められるでしょう。
外国人材を単なる"使い捨て"ではなく"共に働く仲間"として扱う企業姿勢が、結果として人材の定着と成長を促します。
まとめ
物流業界が直面している人手不足は、一時的なものではありません。求人を出しても応募が来ない、採用しても長続きしない、法制度の制限で従来のやり方が通用しない――こうした現実に対して多くの企業が限界を感じているでしょう。
そんな中で、外国人ドライバーの採用は現実的な解決策の一つとして注目を集めています。
制度面の整備が進み、採用事例も徐々に増えてきている今こそ、具体的な行動に踏み出すチャンスです。制度を知り、リスクを把握し、定着のための工夫を重ねることで、外国人ドライバーは"人手"ではなく、企業の将来を支える"パートナー"として活躍してくれるでしょう。
まずは小さな一歩から始めることが、長期的な人材確保への道筋となるでしょう。