
働き方改革と物流現場の労働環境改善
目次
日本の社会経済基盤を支える物流業界は、現在深刻な岐路に立たされています。高齢化による人手不足、長時間労働の常態化、eコマースの急成長による配送需要の増加。これらの課題に対応するために、物流現場では働き方改革が急務となるでしょう。
本記事では、物流業界が直面する2024年問題や2030年問題の実態を明らかにするとともに、労働環境改善に向けた取り組みや特定技能外国人労働者の活用など、未来を見据えた解決策を探ります。
物流業界における働き方改革の現状と課題
物流は私たちの生活を支える重要なインフラですが、その現場は今、大きな岐路に立たされています。特に働き方改革の流れの中で、物流業界は大きな変革を求められているでしょう。
物流現場が直面する2024年問題とは
2024年問題とは、働き方改革関連法の施行によりトラックドライバーの労働時間に上限規制が適用されることを指します。2024年4月からトラックドライバーの時間外労働の上限が年間960時間(月平均80時間)に制限され、改正改善基準告示も適用されることで、ドライバーの労働環境は大きく変わりました。
具体的には、1日の拘束時間が原則13時間以内(上限15時間以内)となり、休息期間は継続11時間以上の確保が必要となりました(※1)。これらの規制により、輸送能力が不足し「モノが運べなくなる」可能性が指摘されています。
※1 参照元: 国土交通省 「改正改善基準告示」
ドライバー不足の深刻化:統計からみる実態
物流業界では、すでにドライバー不足が深刻化しています。総務省の「労働力調査」によると、運輸業・郵便業においては全体の約49%が50歳以上、約74%が40歳以上という状況です。全業種平均より高く、運送業界は特に高齢化が進行しています。
若者の新規参入が少ない一方で、ベテランドライバーの退職が増加する中、物流業界における人材確保は喫緊の課題です。特に2024年問題によって労働時間が制限されることで、同じ輸送量を維持するためには、より多くのドライバーが必要となるでしょう。
労働時間と人手不足の悪循環構造
物流業界では、労働時間と人手不足が悪循環を生み出しています。人手不足によって1人あたりの労働時間が長くなり、長時間労働のイメージが定着することで、新たな人材の参入を妨げる構造的な問題です。
この悪循環を加速させる要因として、荷待ち時間の問題があるでしょう。荷主による違反原因行為の約半数は荷待ちです。トラックドライバーは荷物の積み下ろし場所で長時間待たされることが多く、これが労働時間の長時間化につながっています(※2)。
また、多重下請構造も問題を複雑にしています。元請け企業から下請け、孫請けと輸送業務が委託される中で、末端の事業者ほど収益性が低下し、労働条件が悪化する傾向があるでしょう。
※2 参照元 厚生労働省 はたらきかたススメ
2030年問題が物流現場にもたらす影響
2024年問題の先には、より深刻な「2030年問題」が物流業界を待ち受けています。この問題は日本社会の構造的な変化に起因する課題です。
少子高齢化による労働力人口の減少予測
2030年問題とは、少子高齢化が進むことで生じる社会的課題を指します。内閣府の「高齢社会白書」によれば、2030年には65歳以上の高齢者が人口比率の30%を超えると予測されています。
物流業界においても、この人口構造の変化による影響は甚大です。野村総合研究所の試算によると、2030年には全国の物流において、約35%の荷物が輸送できなくなる可能性が指摘されています(※3)。地域別では東北と四国の41%不足、九州の40%不足と、地方ほど深刻な状況になると予測されています。
※3 参照元 内閣府PDF (補論)物流業の人手不足問題
物流業界における高齢化の進行と技術継承の課題
物流業界、特にトラック運送業界では、すでに高齢化が顕著です。2030年にはこの傾向がさらに進行し、現在働いているドライバーの3割が引退すると予想されています。
高齢化による問題は単に労働力の減少だけではありません。ベテランドライバーが持つ豊富な経験やノウハウをいかに次世代に継承するかという課題も生じています。安全運転技術や効率的な配送ルート選定、荷物の取り扱い方法など、長年の経験で培われた知識は、簡単にマニュアル化できるものではありません。
eコマース拡大による物流需要の増加と労働力のミスマッチ
物流の供給力が減少する一方で、需要は増加の一途をたどっています。特に電子商取引(eコマース)市場の拡大は、物流需要を押し上げる大きな要因となるでしょう。
国土交通省のデータによると、貨物1件あたりの貨物量が直近の20年で半減する一方、物流件数はほぼ倍増しており、物流の小口・多頻度化が急速に進行しています(※4)。
※4 参照元 国土交通省 物流を取り巻く現状と課題
物流現場における働き方改革の具体的取り組み

2024年問題や2030年問題に対応するため、物流現場では様々な取り組みが始まっています。これらはドライバーの労働環境改善だけでなく、物流業界全体の持続可能性を高めるものです。
労働時間短縮と休息確保のための施策
トラックドライバーの長時間労働を改善するために、様々な施策が導入されています。代表的なものが予約管理システム(バース予約システム)の導入です。
トラックが荷物の積み降ろしを行う時間を事前に予約できるシステムを導入することで、荷待ち時間の削減につながります。これにより、ドライバーの拘束時間が短縮され、計画的な運行が可能になります。
また、中継輸送も効果的な施策の一つです。長距離輸送を複数のドライバーが分担して運転することで、一人あたりの労働時間を短縮し、長時間運転による疲労を軽減できるでしょう。
多様な働き方を実現するシフト制度の導入
物流業界でも、多様な人材が働きやすい環境づくりが求められています。特に2024年問題や2030年問題への対応として、女性や高齢者、外国人労働者など、これまで物流業界ではあまり活躍していなかった層の参入を促進する取り組みが行われています。
短時間勤務や分割シフトの導入は、育児や介護などと両立しながら働きたい人材や、フルタイム勤務が難しい高齢者にとって魅力的な働き方です。例えば、朝の配送だけ、または夕方の集荷だけを担当するなど、時間を限定した勤務形態を提供することで、より多様な人材の確保が可能になります。
特定技能制度の活用による物流人材確保

人手不足が深刻化する物流業界では、外国人労働者の活用が注目されています。特に「特定技能」制度の拡充により、新たな人材確保の道が開かれつつあります。
物流分野における特定技能制度の概要と現状
特定技能制度は、人手不足が深刻な産業分野で、一定の専門性や技能を有する外国人材の就労を認める制度です。2019年4月から制度が開始されました。
物流業界において特筆すべき動きとして、2024年3月に特定技能制度に自動車運送業(ドライバー職)が追加されたことが挙げられるでしょう。これにより、外国人労働者がトラック、バス、タクシーなどのドライバーとして働くことが可能になりました(※5)。
特定技能の在留資格を得るためには、日本語能力試験と特定産業分野ごとの技能試験の両方に合格する必要があります。ただし、技能実習2号を修了している外国人は試験が免除される特例もあります。
※5 参照元 全日本トラック協会 外国人特定技能
外国人労働者受け入れの実態と課題
特定技能制度によって外国人労働者の受け入れが促進される一方で、いくつかの課題も浮き彫りになっています。
まず、言語コミュニケーションの問題があります。物流業界では、荷主や配送先との円滑なコミュニケーションが求められますが、日本語能力に課題がある場合、業務に支障をきたす可能性があるでしょう。特にドライバー職では、道路標識の理解や緊急時の対応など、安全面でも言語の壁が大きな課題でしょう。
また、住環境や生活支援の問題もあります。外国人労働者が日本での生活を円滑に始めるためには、住居の確保や行政手続きの支援、医療サービスへのアクセスなど、様々なサポートが必要です。
さらに、特定技能制度では、特定技能1号の場合は通算5年までという在留期間の制限があり、長期的な人材育成が難しいという問題もあるでしょう。後継者不足が深刻な物流業界では、より長期的に働ける制度設計が求められています。
特定技能人材の定着・育成に成功している企業事例
外国人労働者の受け入れに成功している企業では、様々な工夫が見られます。
例えば、言語サポートの充実に取り組んでいる企業があります。翻訳アプリや多言語対応マニュアルの導入、日本語教室の開催などを通じて、コミュニケーションの障壁を低減しているでしょう。また、職場内に同じ母国語を話す先輩社員をメンターとして配置することで、円滑な職場適応を促進している事例もあります。
キャリアパスの明確化も重要な取り組みです。特定技能の在留期間内でどのようなスキルを身につけ、どのようなキャリアを築けるのかを明示することで、モチベーション向上と定着率の改善につなげています。
物流現場の労働環境改善に向けた取り組み
物流業界の持続可能性を高めるためには、労働環境の改善が不可欠です。特に現場レベルでの改善が、ドライバーや作業員の定着率向上と新規人材の確保につながります。
荷待ち時間削減のための荷主企業との協力体制
荷待ち時間の問題は、物流業界だけでは解決できません。荷主企業との協力が必要不可欠です。効果的な取り組みとして、予約受付システムの導入があります。荷主側が入出荷の時間を管理し、トラックの到着時間を分散させることで、荷待ち時間を大幅に削減できるでしょう。これにより、ドライバーの拘束時間が短縮され、運送事業者の生産性向上にもつながります。
また、荷主と運送事業者の共同による検討の場の設置も有効です。定期的な会議を通じて、荷待ち時間の実態を共有し、改善策を検討することで、互いの理解を深めることができます。
物流施設の労働環境整備と安全対策の強化
物流施設内の労働環境整備も重要な課題です。特に倉庫内の温度・湿度管理は、労働環境に大きく影響します。
夏季の高温対策としては、スポットクーラーや気化式冷風機の導入、断熱材の設置などが効果的でしょう。物流業界では、これらの労働環境の改善に向けた取り組みである「ホワイト物流」があり、賛同する企業は増えるでしょう。
また、安全対策の強化も不可欠です。フォークリフトや高所作業など、物流現場には様々な危険が潜んでいます。定期的な安全教育や、最新の安全装置の導入、ヒヤリハット事例の共有などを通じて、事故防止に努めることが重要です。
女性や高齢者が活躍できる職場づくりの推進
物流業界における人手不足を解消するためには、女性や高齢者など、これまであまり活躍していなかった層の参入を促進することが重要です(※6)。
女性が活躍できる職場づくりでは、まず意識改革が必要です。セミナーやフェスタでの広報活動、学生向け物流業界インターンシップの導入、女性が活躍できる多様なロールモデルの提示などを通じて、物流業界のイメージ改善に取り組んでいる企業があります。
また、荷役作業の負担軽減も重要です。物流は荷役(貨物の積み下ろし)を伴うことが多いですが、手荷役になると女性だけでなく若者、シニアにも敬遠されがちでしょう。機械化や自動化を進めることで、体力的な負担を軽減し、幅広い人材が活躍できる環境を整備することが必要です。
※6 参照元 日本トラック協会 女性・高齢者の活躍
2030年に向けた物流業界の持続可能な発展戦略
2030年問題を乗り越え、物流業界が持続的に発展するためには、従来の枠組みを超えた新たな取り組みが求められています。
サプライチェーン全体での物流効率化の取り組み
物流は単独で存在するものではなく、サプライチェーン全体の一部です。そのため、物流効率化にはサプライチェーン全体を通じた取り組みが必要です。
例えば、共同物流の推進があります。複数の荷主企業が物流リソースを共有することで、車両の積載率向上や倉庫の効率的利用を実現し、物流コストの削減と環境負荷の低減を同時に達成できます。
また、モーダルシフト(トラック輸送から鉄道や船舶などの大量輸送機関への転換)も有効な手段でしょう。長距離輸送を鉄道や船舶に切り替えることで、CO2排出量の削減だけでなく、ドライバー不足の緩和にもつながるでしょう。
物流人材の多様化と新たな価値創造への挑戦
最後に、物流業界の将来を支えるのは人材です。多様な人材の確保と育成が、持続可能な発展の鍵となります。従来の物流業界のイメージを変え、若者にとって魅力ある産業へと変革していくことが必要です。単なる「運ぶ」だけでなく、サプライチェーン全体の最適化や顧客体験の向上など、新たな価値創造に挑戦することで、若い世代の関心を引きつけることができます。
まとめ
物流業界が直面する課題と解決策について解説してきました。働き方改革と特定技能制度の活用は、物流現場の持続可能性を高める重要な鍵となっています。
- 時間外労働規制対応:2024年問題を見据えた労働時間の適正化が急務
- 人材確保の多様化:特定技能外国人労働者の活用による人手不足解消
- 労働環境の改善:荷待ち時間削減や施設整備による魅力ある職場づくり
- 多様な人材活用:女性や高齢者が活躍できる柔軟な働き方の実現
- 持続可能な戦略:自動化とサプライチェーン全体での効率化の推進
物流は私たちの生活と経済を支える重要なインフラです。業界全体での取り組みにより、2030年問題を乗り越え、持続可能な物流サービスの実現を目指しましょう。