物流現場取材シリーズ【32】千葉商科大学発・実践型物流教育の最前線

2024年問題により、物流業界は深刻な人手不足と構造転換を迫られています。この危機的状況の中、実務と教育の両面から業界変革に取り組む人物がいます。千葉商科大学サービス創造学部の大下 剛准教授(以下、敬称略)です。ヤマト運輸株式会社で20年間ロジスティクス事業に携わった後、現在は次世代の物流人材育成に尽力されています。 今回は、物流の現場と経営の乖離、人材採用の課題、そして若手に伝えたい物流の本質について、実務家から教育者へと転身した立場からのお考えを伺いました。モデレーターを務めるのは、株式会社ロジテックの朝倉です。

実務家から教育者へ──20年の現場経験を次世代に

朝倉: 大下准教授は、大学卒業後にヤマト運輸株式会社で勤務されて、今は大学で研究や教育の仕事をされているんですよね。異色の経歴ですが、なぜ大学に?

大下: 最初、ヤマト運輸さんでは宅配便に携わっていたんですけれども、宅配便というのはすごく完成された高度なシステムで、どちらかというとオペレーション(業務運営のこと)をしっかりやるというところがメインなんです。ロジスティクス部門に移った後に、企業物流業務として携わることになるんですが、例えば業界によっても物流のあり方はさまざまですし、同じ業界でも企業の戦略によって物流のあり方が大きく異なります。そういう状況で自分の知識不足を痛感した時期がありました。

2006年に、当時、多摩大学の大学院にはサプライチェーンマネジメント(商品の調達から生産、販売までの一連の流れを管理すること)やロジスティクスを教えるコースがあり、自分も勉強しなければいけないなと思って、そこに通ったのが一つ目のきっかけです。

朝倉: 今でこそCLO(Chief Logistics Officer:物流統括管理者)を置く企業も出てきて、企業のサプライチェーンについても詳しくやっていかなきゃいけないという業界的な雰囲気がありますけれども、その時代にきちんと学ばれて、仕事に活かそうと考えられたということなんですね。

大下: そうですね。CLOという話がありましたけれども、実は多摩大学の大学院は当時からCLOを育成しようというコンセプトがありました。今すごく注目されていますが、用語自体はその頃からあるんですよね。そういった意味で当時としてはかなり先進的な教育で、実務の経験のある方も含めた多様な先生方がいらっしゃって、非常に多くのことを学びましたし、一緒に学んだ仲間とも今でもつながりがあったりします。そういった意味で非常に貴重な経験でした。

卒業後に、教わった先生方から「もう少し研究を継続してみたらどうか」と言われて、仕事をしながらプライベートの時間を使って研究活動を継続するようなことをしばらく行っていました。

その中で、自分が今まで経験してきたことや研究して見えてきたことを、若い人たちに伝えていくということも重要なんじゃないかと考え始めて、2017年に明治大学の大学院博士後期課程に入学して、自分の研究を一つ完成させて2020年に卒業。そのタイミングで千葉商科大学のサービス創造学部に雇っていただいたという流れです。

物流教育の最前線──理論と実践を橋渡しする

朝倉: 今、大学では実際にどんな講義をされているんでしょうか。

大下: まず、講義形式の授業で「ロジスティクス論」という授業と「物流サービス論」という2つの授業を担当しております。ロジスティクス論の授業は、基本的な理論ですね。

学生には物流・ロジスティクスに関する知識がまったくない状態ですので、物流活動とはどういうものなのかとか、物流をシステムとして捉えていこうと、そういったことを講義形式で行っています。

物流サービス論は、物流業界の方にゲストスピーカーとして登壇していただいて、さまざまな業界からお話を聞く形です。物流というと宅配便を思い浮かべる学生が多いんですけれども、物流業界って非常に幅広い業界なんだということを理解してもらうために、非常に多くの企業の方々にご協力いただいて、実務家のゲストスピーカー講義という形で行っています。

もう1つ、ゼミナールも担当していて、テーマとしては物流・ロジスティクスなんですけれども、ちょっと難しそうだという印象を持たれるので、流通も少し絡めて、流通と物流・ロジスティクス研究というテーマでゼミを行っています。

朝倉: ゼミはどういった内容なのでしょうか?

大下: そうですね、ゼミナール活動で一つ意識していることは、まずリアルな経営課題を提示してほしいということを企業の方にお願いしています。大学生向けにカスタマイズする必要はないという話をしているので、経営レベルの話から現場的な話まで、毎回課題はさまざまです。

そういった今現実の世界で課題になっていることを、学生が実際に見て聞いて理解して、手を動かして考えていくということは、これから社会に出た後も非常に重要なことになってくると思いますので、まずそれを意識しています。

大学の教室で私のロジスティクス論の授業を聞いたら「物流やロジスティクスが分かりました」ということになるかというと、決してそんなことはないんです。やはり物流は現場がある仕事なので、ゼミナールで実際にその現場を拝見させていただく機会があるのは、本当に貴重だと思っています。

実際に目で見て、理論で学んだことと結びつけて、さらに今後のその業界に資するような提案などをしていくということが学生にとって貴重な機会になっているんじゃないかなと思っております。

直近では、物流会社のコクヨサプライロジスティクス株式会社さまと4年続けて取り組みを行っていたり、日本郵便株式会社さま、今年の春にはヤマト運輸株式会社さまとも連携して、企業さまからいろいろな課題をいただいて、学生と一緒に取り組むという活動を行っています。

朝倉: ゼミナールの活動を通して、学生さんからはどういう声があがっていますか?

大下: そうですね。物流センターを見学させてもらう機会があるんですが、私たちからすると、職場の風景なので別に楽しいものではないと思うんですが、「面白そう」とか「楽しそう」という感想を持つ学生が結構いるんです。

実際の現場を知らないが故に、労働環境が悪いというイメージをなかなか払拭できないという側面があると思うので、実際に現場を見ていただくという機会が重要なのかなと思ったりしますね。

朝倉: 大下先生のゼミから物流業界に行かれる学生さんもいらっしゃるんですか?

大下: そうですね。まだまだ数は多くありませんが、少しずつ物流業界を志望してくれる学生も増えていると思います。

朝倉: それは、ぜひ弊社の方もご紹介いただければと思っております。よろしくお願いします。

物流業界の魅力をどう伝えるか──採用課題への処方箋

朝倉: 私もグループで新卒の採用面接をやったりするんですよ。その際、物流というと、やっぱりヤマトさんとかAmazonさんとか、そういう仕事だよというのは理解されているんですが、物流の仕事の全貌ってなかなか伝わらないなと感じています。しかも「物流で働きたい」と言ってもらうのは難しいですね。どういう風に説明したら学生さんが物流を志望してくれるんでしょうか?

大下: そうですね。物流業界の魅力ということですよね。近年、物流の2024年問題など、社会的には非常に注目を浴びているんですけど、一方で「やっぱり大変なんだな」という印象を持たれる学生も少なくないかなという風に思ってます。

ただ、物流というワードで学生がイメージするのは宅配便もしくはトラック輸送です。しかし、物流業界って非常に幅広い業界ですので、その幅広さをまず伝えていくということは重要かなという風に思っています。

昨年、『ラストマイル』という映画がありましたけれども、あれはインターネット通販サイトの物語でしたよね。あの映画を見た学生は結構たくさんいたようで、実際に自分が注文してから商品が届くまでのプロセスを映画で知ったことによって物流に興味を持ったという人もいました。そういった意味では、ちゃんと情報を伝えていくということは結構重要なのかなという風に最近思っております。

朝倉: 確かに、私たちからもっと発信をしていかなければいけないということですよね。一方で、物流の仕事って社会的な意義もあるし、絶対になくならない仕事だなということも思ったりするんですよ。

今、AIの進化で、海外だとホワイトカラーと呼ばれる仕事の就職が軒並み厳しくなっていますよね。物流はどうしても現場仕事が必要で、エッセンシャルワーカー、つまり社会に必要不可欠な仕事だとよく言われています。絶対になくならない仕事として今後10年20年30年、志望する学生さんが増えるといいなと思っているのですが、実際に学生さんの中にもそういった視点を持った人はいますか?

大下: そうですね。やはりSDGsに関する教育というのは、大学も含めて進んでいます。千葉商科大学は、かなり初期の頃からSDGsに取り組んでいるので、そういったことに関心を持って、社会的な視点を持っている学生も少なくないなという風に思います。なので、今おっしゃった通り、物流の社会性を伝えていくことによって、学生の見る目や意識が変わる可能性は確かにあるなと、今、言われて思いました。

朝倉: ありがとうございます。さまざまな情報発信をしていかなければいけませんね。当社もやっぱり採用にすごく苦戦していて。学生さんもそうですし、中途で募集する現場の社員もそうなんですけど、どうやったら目をキラキラさせて「物流で働きたい」という気持ちになっていただけるか、アドバイスいただけませんか。

大下: そうですね。私が思うに、物流という仕事は、非常に多くの企業と接する機会があります。物流を知ることによって、大きく言うと日本の社会の構造がどうなっているかということを掴むことができると思っています。

まったく違う業界でどういう商習慣があって、どういう交渉があって、どういうビジネスモデルになっているのかというのを、いろいろな企業さんとお付き合いすることによって知れるというのは、すごく貴重な、非常に面白い機会じゃないかなという風に思っています。

それから、物流の現場にいるということは、今、日本の経済がどうなっているかということを体感できる場だという風に思っています。例えば、物流センターにいると、消費者からオーダーが上がって商品が売れていくわけですけれども「今なぜこの商品がこんなに出荷されているんだろう」ということを、経済の最先端で見られるということがあります。

また一方で、今人気があるってことになっているにも関わらず、まったく注文が来ずに在庫の山になっていたりすることもあります。ニュースで聞く情報だけでなく、日本経済のリアルな実態がどうなっているのかというのを、毎日の貨物の動きを見ることによって知れるというのは、結構面白いんじゃないかなという風に思っています。

朝倉: 確かにそうですね。私の経験でも、流行っているキャラクターグッズがいち早く大量にコンビニに並ぶような仕事をやったことがありますし、最近だと、クマ避けの商品の出荷がすごく増えてたりとか。

大下: まさに、実際に今、社会の現場で起きていることを体感されているということですね。

朝倉: そういった新しいいろいろな業界を知れるとか、トレンド的なところもいち早く知れるっていう魅力を打ち出していければ、もっと物流業界が魅力的に映るんじゃないかってことですね。

大下: それが本当に現場の醍醐味ではないかという風に思います。

物流の本質的課題──現場と経営の乖離を埋める

朝倉: 物流業界に関して、先生が普段感じていることがあるとお伺いしたんですが。

大下: そうですね。物流に携わっていて、一つ難しいなと思うところがあります。例えば、物流センターの現場で見ているのは、商品の個数や重量。

一方で経営者が見ているのは、在庫がいくら分あるとかの金額なんですよね。日本においては経営者は現場を知らず数字、金額で見ているし、逆に現場は金額を知らず数や重量で見ているところがあります。

実は物流システムをしっかり企業として構築していくには、この2つを併せて考えていく必要があると思っています。

そういった意識を経営者が持てば、もっと物流ロジスティクスが経営にマッチしてくると思いますし、現場も、目の前にある在庫が100個と考えるか、1億円と考えるかには大きな違いがありますので、そういう意識を持って取り組む。両方がお互いに意識をすり合わせていくと、物流現場と経営層の乖離みたいなことが縮まっていくんじゃないかなという風に考えています。

朝倉: なるほど。少し詳しくお伺いしたいんですけど、現場が金額に対する意識を持って、経営層が在庫の個数や重量の意識を持つと、どういう風に融合してどんなメリットが出てくるんでしょうか? 

大下: そうですね。ロジスティクスは基本的に経営的な概念なので、本来で言うと、生産、販売、物流を統合して、経営として最適化していくというのが、基本にあるわけです。

例えば、新しい商品をつくるときに、物量はどれぐらいなんだと。小型のものを扱っているのか、大きくて重量の重い商品を扱っているかで、まったく話が違ってきてしまいます。物流のイメージがないと、そんなにたくさん調達して生産してしまって、どこに置くんだよとか、どうやってトラックで運ぶんだよって話になるということですね。そういった現実と数字との乖離がないようにするっていうのが、重要なのかなという風に思ってます。

朝倉: 難しいですよね。そういった意識を持っていただくのって。

大下: そうですね。

朝倉: 何かそこの課題解決って何かできることがあるんですか?

大下: 一番早い解決方法は、経営者も物流の現場を知るということだと思います。実際に目にすることによって、結構行動が変わったりすることもあるという風にお聞きしますので。やっぱり数字も大事ですが、現場も大事。経営者の方ってお忙しいんで、なかなか難しかったりもしますけど。これは荷主の方なんかでも同じですね。荷主企業の経営層の方をお招きして、実際にいろいろ見ていただくというのも、いいかもしれませんね。

朝倉: 確かにそうですね。膝を突き合わせることで建設的な話ができるかもしれないですね。それは当社でもぜひ取り組んでいきたいと思います。

次世代への期待──若手が切り拓く物流の未来

朝倉: 最後に、大下先生の今後の展望みたいなところもちょっとお聞かせ願えますか?

大下: そうですね。私も長く現場で実務に携わってきました。その中で、模索しながら一歩一歩進んできたんですけれども、その経験や研究して得た知見を、やっぱり若い人たちに伝えていきたいなと思っています。

私が苦労して20年かけて得てきた知識を、次の世代の人たちも同じ20年かけて学んでいたら、業界としては進歩がありませんので。なるべくコンパクトに、しかも分かりやすく、若い人たちに伝えて、若い人たちには、さらにその先へ進んでいただいて、物流をもっと良いものにしていただけたら本当にうれしいなと思っています。

朝倉: ありがとうございます。来年から私も講義を受けさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

大下: 潜り歓迎でございます(笑)。

朝倉: 今日はいろいろとお話をお伺いできて、大変勉強になりました。ありがとうございました。

大下: ありがとうございました。

大下准教授との対談の様子は、以下のURLから動画でもご覧いただけます!

【第一話】大学で物流を学ぶ!?物流人の育て方を教えてもらいました!【物流レジェンドシリーズ第二弾|大下剛准教授(千葉商科大)】

【第二話】ゼミで企業の実課題に取り組む!?超実践型ゼミに迫る!!【物流レジェンドシリーズ第二弾|大下剛准教授(千葉商科大)】

大下准教授プロフィール

一橋大学 法学部卒業。
ヤマト運輸株式会社やその関連企業での実務経験を経て、現在は千葉商科大学にて流通・物流とロジスティクス研究を行っている。

物流現場取材シリーズの一覧を見る
WBS40社まとめ資料 無料ダウンロード TOP