物流現場取材シリーズ【35】物流博物館が語る合理化の本質――過去に学ぶ人間中心の変革

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物流業界は2024年問題をはじめ、深刻な人手不足や労働環境の改善という大きな課題に直面しています。しかし、過去を振り返れば、物流は常に時代の変化に応じて進化を遂げてきました。品川区にある物流博物館は、江戸時代から現代まで、日本の物流がどのように発展してきたのかを伝える貴重な施設です。

今回は、開館当初から物流博物館に勤務する主任学芸員の玉井幹司さん(以下、敬称略)に館内を案内していただきながら、物流の歴史と、変革期を迎える今だからこそ学ぶべき「合理化の本質」について考えます。レポーターは、株式会社ロジテックの朝倉です。

江戸時代に完成していた物流ネットワーク

朝倉: 本日は主任学芸員の玉井さんにお話を伺います。よろしくお願いします。

玉井: 最初に物流の歴史について展示をご紹介します。

入ったところにこういう石があります。これは江戸時代に使っていた車石というものです。前後に並べるとへこんだ石のレールになります。これは京都の周辺で使われていたもので、琵琶湖畔の大津から京都の三条大橋まで約12キロにわたって敷かれていました。北陸から琵琶湖を経由して京都へ物資を輸送する重要なルートだったんです。

朝倉: なるほど。

玉井:これには、いろいろな工夫や技術が関わってきます。江戸時代の人たちもこういう工夫をしていたんです。その積み重ねが今日に至る道ですね。特にモノが動かないと世の中動かないじゃないですか。時代時代でいろいろな技術水準がありますけど、当時の人なりに工夫をしていました。

こちらは江戸時代の品川宿の模型です。この建物が問屋場といいまして、馬や人足を貸し出す施設なんです。公的な用事のために馬を出すのがメインですが、そうした用事がないときは民間の商人なども使うことができました。各宿場で馬を交代しながら、バトンタッチ式に荷物を送る仕組みが江戸時代に出来上がっていたんです。

朝倉: シェアサイクルみたいな感じですね。

玉井: その後ろにいる人達は飛脚です。民間の商売でやっている飛脚は、お客さんから手紙や現金、商品などを預かって運びますが、自分たちで輸送手段は持たず、この宿場の馬を借りながら運んでいました。公的な輸送インフラを使いながら、民間のお客さんの荷物を運んでいたんです。

農民から生まれた合理的輸送――中馬と共同輸送

玉井: 中央内陸部で江戸時代に活躍した中馬という輸送の仕組みもあります。農民層から出てきた運送事業者で、宿ごとに交代せず、一人の馬方が目的地まで一気に運ぶという、非常に合理性に富んだやり方です。

朝倉: どういった理由でそうなっていくんですか。

玉井: 中央内陸部は海の輸送がないので、宿場ごとの交代は手間がかかります。ならばなるべくそれをなくして一気に行っちゃおうという合理的な発想です。商業が発達して、そういう要望が多くなってきたんですね。

朝倉: 今はトラックで満杯まで積もうという話がありますが、この時代から同じことが起こっていたわけですね。

玉井: 中馬は隊列走行みたいなもので、先頭の馬はもう道を覚えてるから自分で行っちゃうんですよ。それで人も一人で済む。一人で複数の馬を連れていけるんです。

江戸時代の飛脚も共同輸送をやっていました。普通の便は競争しますが、速達便だけは共同輸送する。速達で競争すると疲弊しちゃうので、合理的な判断ですね。今日につながるようなことがいろいろあります。

海運の発展と近代化の波

玉井: こちらには江戸時代の海上輸送の模型があります。大阪から江戸まで消費物資を運んだ船です。江戸は100万都市で大量の人口でしたから、こういう船の輸送を行うための航路の整備なども行われました。また河川の輸送も盛んで、川の流れを運びやすいように変えていくということも江戸時代の初め頃に行われていました。商業が発達するためには、やはり物流の仕組みが必要だったんです。

明治になると鉄道が発達します。これは東京発着の路線トラックを線で示した図で、1955年と1978年を比較すると、増加と長距離化したことが分かります。当時は免許制だったので、こういう図ができたんです。今は各社の企業秘密があって、こういう俯瞰的な視点から見た図はつくれません。

鉄道が発達すると、宅配便みたいなサービスも始まります。宅扱という制度で、戦前から鉄道で輸送を行い、集荷、配達、わかりやすい運賃をセットにしたスピード輸送を提供していました。

朝倉: この時代の宅扱はどういったものを扱っていたんですか。

玉井: 今の通販みたいなことでも使われました。商店などの利用が結構あったみたいです。集荷も配達も全部コミコミで運賃設定するのが画期的でした。

昭和になるとトラックも増えてきます。関東大震災でも復興輸送にトラックが活躍して、どんどん増えていきました。特に昭和初期には近距離の定期便トラックも始まり、鉄道からトラックへ近距離荷物が流れていきました。

過酷な荷役作業の実態

玉井: 戦後の展示もあります。物流の近代化が進むのは1950年代以降で、それまで肩で担いで積んだり下ろしたりしてたのが、だんだん機械化します。ユニットロードの考え方、パレットとかコンテナですね。

昔の様子の写真もあります。女性が100キロの木材を担いで鉄道の貨車に積み込んでいるところです。

朝倉: 女性でもこれだけ担げたんですね。

玉井: 100キロは珍しいですが、運搬は垂直に力が加わるので、体への負担は大きい。普通は20〜30キロです。だんだん椎間板ヘルニアになったり、労働災害も多く、非常に過酷な労働でした。短命で終わる方も多かったと言われています。

これは天狗取りという作業です。笊の中に10キロぐらいの石炭が入っていて、船に投げ込んでいます。秒速1.5〜2メートルで、ベルトコンベヤーより早かったと言われています。明治時代に日本で開発された積み込み方法で、人力による荷役の極致と言われています。

一人一人の作業動作は簡単で、重さもそんなに重くない。でも大勢でやることで非常に迅速な積み込みができました。ただ、こういう仕事をしてると腰痛になりやすく、若いうちはまだいいんですけど、だんだん体を壊していく。非常に過酷だったんです。

機械化の本質――人間の幸福のために

玉井: 初期のフォークリフトやパレタイゼーションの研究をやった人は、人道主義者でした。こういう過酷な労働は人間を不幸にするので、早く現場から無くさなきゃいけない。そのためには機械化だということで、戦後研究が始まったんです。

合理化って何のためにやるのか。もちろん経済合理性もありますが、初期の研究者たちは、人間中心主義で人間を大事にする作業の合理化という思想を持っていました。

朝倉: 機械化とかコスト、費用対効果を考える会社もありますが、そこではないということですね。

玉井: 人間生活を豊かにして幸福な生活を送れるようになる。作業現場で生き生きと楽しく仕事ができるっていうのは人間にとって幸せなことです。当時の人たちも誇りを持ってやっていましたが、とにかく過酷だった。それをなくすことが先決だったんです。

日本で最初にフォークリフトによるパレット作業が成功したのは、1952年の和歌山県新宮です。地方で先に機械化が進んだのは、労働力不足があったからです。東京などの大都市は労働力がいっぱいあったので、地方の方が機械が必要だったんですね。

朝倉: 今後の物流についても何かヒントがあるかもしれないですね。人手が足りていないという意味では今でも一緒ですから。

玉井: 作業現場の変革は、最初はすごく嫌がられます。経営側はお金がかかる、労働者側は仕事がなくなる。そういう矛盾をどう解決したか。過酷な労働をなくすことが大事だという説得です。

今も大きな変革期です。人手不足、労働力が足りない、物流業に人が集まらない。何を目的に合理化を行うか、その究極の目的は今も昔も変わらないと思います。

朝倉: そこを見誤ると、間違った判断になってしまいそうですね。

玉井: 人間の幸福のために合理化を進めることが、むしろ経済の発展にもつながる。今は選択の時期、考える過渡期にあるということです。

未来への示唆――過去から学ぶ意義

玉井: 本施設は企業の新入社員研修でもよく使っていただいています。今20代前半で入社した方が、定年は70歳を超えているかもしれない。50年後にどういう世界になっているか、それは今の若い方が作っていく、皆さんの選択にかかっています。

ここでは50年前、100年前を見ることができます。100年前の人、50年前の人が何を考えて仕事をしてたのか、どういうことに困って何が問題だと思ったのか。その結果が今の私たちです。

過去を見ることで、未来を想像できるんです。逆にこれを未来に向けて考えてみると、いろいろ歴史の中で今に通じることもありますし、ヒントになるかなと。何度も訪れると、さらに発見があります。間口は狭いですが、奥行きは意外とあるんです。

物流博物館からのメッセージ

朝倉: 最後に、ご覧になっている方々に向けて一言お願いします。

玉井: 物流博物館は小規模ですが、私たちの暮らしに不可欠な物流の歴史と現在を紹介しています。物流は必ず我々の生活と深く結びついていて、非常に大きな役割を果たしています。ここに来て、楽しみながら知っていただきたい。いろんな体験的な展示も含めて、物流への関心を深めていただくのが目的です。

小さなお子さんから高齢の方まで、さまざまな年代の方に来ていただきたいですね。詳しく調べたい方には資料もたくさんございます。まず物流というもの自体に親しみを抱いていただければと思います。

今年も展示を更新し、新しい情報を出していきます。ホームページをご覧いただき、お近くまでいらっしゃったら、ぜひ遊びに来ていただければと思います。

朝倉: 本日はありがとうございました。ぜひまた伺いたいと思います。

玉井: また、いらしてください。

物流博物館見学の様子は、以下のURLから動画でもご覧いただけます!

【博物館ツアー】昔の物流はすごかった!!物流の起源を遡ると新たな発見が!?【物流博物館|前編】

物流博物館について

住所:東京都港区高輪4-7-15

オープン:1998年8月

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